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   平成28年浦安三社祭まであと 

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浦安の祭り「浦安三社祭」はおおむね4年ごとに、6月中旬の金曜日の宵宮で幕をあけ、土曜、日曜日の午後6時ごろの宮入まで大小100基以上の神輿が繰り出します。
猫実の豊受神社(神明宮)から2基、堀江の清瀧神社から2基、当代島の稲荷神社から1基の宮神輿を先頭に各地区を練り歩きます。
もともとは10月15〜16日、あるいは16〜17日に行われ、清瀧神社、豊受神社では神楽を奉納し、稲荷神社では豊年祭りをそれぞれの地区でおこなっていたそうです。
大正時代の末には4年に1度、6月14〜16日に3つの神社が合同で大祭を行うようになり10月の祭礼は次第に行われなくなり陰祭りとされるようになったそうです。
元来が10月に行っていた大祭を6月に行うことから正式には浦安三社臨時大祭と呼んだそうです。
元々が宵越しの金は持たない気性と、海で揉まれた荒い気性。かつては、寄付の少ない民家や交番に神輿ごと突入する暴れ神輿だったそうで、昭和30年代の不況による財政状況の悪化や警備体制の関係から一時中断され、昭和49年、約13年ぶりに浦安の大祭が復活し、現在に引き継がれています。
また、平成12年(2000年)の大祭から祭りの名称を「浦安三社祭」と改名しています。

平成18年より3神社の例祭日が変更され、豊受神社は10月16日が6月16日、清瀧神社は10月15日が6月15日、稲荷神社は10月22日が6月22日へ変更になっています。
平成24年より祭禮の名称が浦安三社例大祭に変更

平成18年6月一部更新
平成27年12月一部更新



浦安の祭の見せ場の一つが地スリ
みんな見よう見まねで覚えていきますが、「地スリ・モミ・差し・ほおり」といった一連の担ぎ方を紹介します




神輿を地上すれすれまで下ろして中腰で支えます
この体勢から「マワレ、マワレ、マワレ」の音頭で神輿を「揺らさずに」その場で1周させます
足腰、腕に負担がかかる担ぎ方です
地面をするように引き潮のごとく神輿をまわす動きがまさに地スリですね


海の潮が満ちていくかのように地スリの体勢から神輿をヒザの高さに持ち上げます
今度は「モメ、モメ、モメ」の音頭で神輿を上下に豪快に揺さぶり、もみながらその場で1周させるのです


神輿を一気に頭上に差し上げます
差す時は神輿を片手でめい一杯高く持ち上げ、そこで神輿を一度静止させます
その後「マワレ、マワレ、マワレ」の音頭で神輿を揺らさずに、差した高さをキープしたまま1周まわします


満潮のように高く差した神輿を再度しっかりと静止させます
その状態で「ヨイ、ヨイ、ヨイ」の音頭がかかるので、担ぎ手はその掛け声に続くように神輿を支えている手と逆の手で「ヨイ、ヨイ、ヨイ」と担ぎ棒を3回たたきます
その後、すかさず神輿を上に3回ほうり受けます
「ヨイ、ヨイ、ヨイ」と3回たたいているが、地域によっては2回のところもあるようです






神輿をかつぐ時のかけ声は浦安では「マエダ!マエダ!」と「マイダ マイダ」。よく似た響きですが、よく聞く語源はおおむね2つです。
一説には、神輿を前に進ませる為に「マエダ、マエダ」と掛声をかける説があります。
またもう一説には神輿を舞うように担ぐことから「マイダ マイダ」という説を聞きます。

波のように舞う、龍のように舞う・・・年配の方に色々な話を伺うと色々な語源が伺えますが共通する一説は「舞いだ」との事です。
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